単著注釈書『箏曲地歌五十選』&正誤表


平成15年9月〜19年5月、月刊誌「邦楽ジャーナル」vol.200-244において、私は、「箏曲・地歌を解読しよう 歌詞解読講座」というコーナーを連載していました。ありがたいことに多くの読者の方に支持していただき、歌詞解説40回+番外5回の計45回という長期連載になりました(詳細は「愛知教育大学研究者総覧」参照)。

その40曲を大幅に補訂し、連載してない10曲を書き下ろした単行本が、 平成21年1月30日、『箏曲地歌五十選 歌詞解説と訳』として刊行されました。 税別2,300円、A4判115頁、ISBN978-4-9904534-0-4 C1073。演奏家・愛好家・研究者、および、既存の注釈書に満足できない方に、おすすめしたい一冊です。補訂と書き下ろしに1年以上かけ、連載時より一層わかりやすく、味わい深くなっています。

参考までに、下記に出版元がつくったチラシを載せておきます。本書は、一般書店からもとり寄せできますが、出版元邦楽ジャーナルに直接問い合わせ・注文する方法もあります。当該ページ、E-mailshopmaster@hj-how.com、TEL
03-3360-1325、FAX03-5389-7690です。アマゾンなら、こちら

また、
初版には訂正すべき箇所があるので、報告しておきます(再版では訂正しました)。
21頁解説後から8行目「でしょうか。」につづけて、「さらに、後から三行目「棹の雫」も、『源氏』に出てくる「櫂の雫」と関連するかもしれませんし。」を加える
24頁訳15行目「そこ」の後に、「の川」挿入
25頁黒板2行目「当帰」傍書につづけて「※米山の名物」、「黄蓮」傍書につづけて「※名物ではないが、実際に採れる」を加えて、後から2行目「何いといがは」傍書「糸魚川」の前に「地名の」挿入
27頁黒板3行目「夢の占方」傍書につづけて、「※そういう役割があるかは、確認できなかった」を加える
32頁黒板3行目「浮き寝」とその傍書を「うき寝」と「舟上生活の浮き寝が心細いことから、憂き寝を掛ける」、訳4/5行目「つらいことが本当に多/い舟上生活ですから、流す涙で身も浮きそうで」を「もの憂きことが本当に/多い舟上生活。心細く浮き寝すなわち憂き寝して」に変更し、
解説3行目「契り」の「り」削除
39頁黒板後から3行目「尋ぬる人」傍書「源」、解説6行目「源」を、「高階」に変更
45頁上段8〜9行目「エンターテイメント」を、「エンタテインメント」に変更
46頁黒板冒頭「量りなし」傍書につづけて「※五行目「何はともあれ」までは、『大田南畝・蜀山人のすべて』55頁に示される戯文が典拠」を加え、訳後から6行目「詩人」の前、47頁黒板後から3行目「劉伯倫や李太白」傍書「詩人」の前に「賢人・」挿入
47頁黒板後から3行目「劉伯倫や李太白」傍書につづけて「※末尾三行は、「駒澤大学仏教文学研究」12号76〜78頁に示される亀田鵬斎の戯文が典拠」を加え、末尾「よいよい、よいの、よいやさ」傍書「※」以下を「「酔い」は「ゑひ」と書くが、「酔い」も掛けている」に変更
54頁黒板3行目「かけ」傍書「途中まです」、訳5・17行目「かけ」を、「はじめ」に変更
55頁黒板に2箇所ある『千載集』歌番号「259」を、「258」に変更
63頁黒板冒頭「葦鶴」傍線を、「葦鶴の」まで延ばす
77頁黒板冒頭「心せき寺」傍書「※謡曲『関寺小町』」の後に「など」を挿入し、4行目「輝」ルビ「かがやき」の「き」削除
78頁黒板に2箇所ある『千載集』歌番号「618」を「617」、解説11行目「豊作を祈願するもので」を「繁栄を確認していま」に変更
83頁黒板のシオリにある「む」を、「ん」に変更
94頁訳後から9行目「浮き寝するような」の前後に、「心細く」「もの憂き」挿入
95頁黒板2行目「浮き寝」とその前後の傍書「舟上で寝ながらも」を、「うき寝」と「心細く、舟上で浮き寝すなわち憂き寝しながらも」に変更
102頁訳後から3行目「むしろに、」の後に、「寒々しく、」挿入
失礼しました。ちなみに、46〜47頁『笹の露』の訂正箇所に関しては、駒澤大学教授石井公成先生にご教示いただきました(52頁『残月』に出てくる「仏教学者」も石井先生のことで、ご教示いただいてなければ到底訳せませんでした)。また、39頁『嵯峨の秋』の「源仲国」→「高階仲国」は、愛教大教授今井正之助先生に最新学説をご教示いただきました。 そして、日本歌謡学会会長真鍋昌弘先生からは、ご高著『中世の歌謡』を恵送いただき、中世歌謡からの流れを知ることができました。学恩賜わった先生方に、この場を借りて厚く御礼申しあげます。誠にありがとうございました。


しかし、
再版にも訂正すべき箇所が見つかりましたので、併せて報告しておきます(第三版では訂正します)。
3頁上段後から10行目「目次」を、「もくじ」に変更
14頁黒板3行目「粧」を「装」、5行目「朝顔」傍書を「キキョウ説は採らず、はかなさとマッチする今のアサガオと考える」に変更し、訳5行目「(今のキキョウ)」削除
16頁訳後から5行目「その」の前に
「招いているようにも見える」を挿入し、「羽風」を「羽の風」に変更
20頁黒板冒頭「うたた寝」傍書を削除し、「鐘」傍書「については、」を「は」、「参照」を「にあるが、ここは、男との別れの時を告げるもの」、訳冒頭「独り」を「うたた」に変更し、「明け方」の前に「彼との別れの時を告げる」挿入
同頁解説3〜4行目「冒頭も、『新古今集』一一九一番や『平家物語』巻五にあるような和歌的世界を踏まえているでしょうし、九〜一○」を「後から三〜二」に変更し、後から5行目「末尾の」削除
21頁解説4行目「末尾」の前に、「流浪に「涙(後から三行目)」し「泣く(末尾)」ところ以外にも、」挿入
24頁黒板2行目「訛り」を「なまり」に変更し、傍線・傍書「訛りと鉛を掛ける」を加えて、「しら兎」傍書「言う」を「言い、白兎およびラウ=蝋も越後名物」に変更。3行目傍線を「白」から延ばし、傍書を「通常は「せ」だが、白辛子を掛けて、「し」」に変更。訳8行目「網用の麻」を「名物である網用の麻糸」、15行目「糸魚(イトヨ)のオスとメスが」を「名物糸魚(イトヨ)ではありませんが、糸が絡みに」、後から14行目「ましょう。」を「て、」、後から11行目「越後縮の白布」を「縮」、後から3行目「出入口」を「入口」、後から2行目「やがて世に出て花開く日を夢」を「花の盛り(娘盛り)を夢に」に変更し、2行目「田舎」の前に「鉛や、」3行目「です」の後に「(白兎・蝋も名物ですね)」5行目「ますよ」の後に「(白辛子も名物です)」10行目「薬草」の前に「名物の」12行目「ではなく」の前に「だけ」、後から15行目「和歌で不変の愛を誓う際に詠むのは末の松山ですが、」の前後に「行末を待ちましょう。」「しかし、」、後から11行目「みたいに」の後に「(越後の松之山でも白布や縮が名物です)」を挿入して、6・18行目「越後」削除
25頁黒板冒頭「績むや」の後に「、」を挿入し、「網麻」傍書「麻」を「、越後名物の麻糸」、2行目「黄蓮」傍書「名物ではないが、実際に」を「弥彦の名物だが、米山でも」末尾「もつれもつるる」傍書「イトヨのオスとメス」を「糸」、解説後から10〜8行目を「調べたところ、江戸初期の『毛吹草』と中期の『和漢三才図会』に、越後名物として「白辛子」があがっていました(両方あるいは一方に「鉛」「白兎」「蝋」「八つ目鰻」「網麻」「当帰」「黄蓮」「糸魚」「油」「漆」「白布」「縮」もあり)。」、末尾2行「説は、採らないほうがいでしょう」を「は実際にはないと思われる地名なので、訳には反映させないでおきます」に変更して、末尾「糸魚」傍書「で」以下と「もつれもつるる」傍書「※」以下削除
26頁黒板冒頭「漆」傍書「漆器」を「の漆」、「。」を「、」、2行目「松」を「まつ」に変更。「縮」傍線を「まつ山」から延ばし、傍書を「松之山は、白布や縮の産地」に変更。末尾「小山」傍書「小高い」を「小高かった」、「しちく」を「し竹」に変更し、解説2行目「器」削除。3行目「松」を「まつ」に変更し、7行目「しょ」の後に「(なお、「末まつ」には、行く「末」を「待つ」意もある)」挿入
27頁黒板冒頭「昼寝して」に傍書「江戸中期の『山家虫鳥歌』203番には「独り寝て」とあり、次行までよく似る」を加え、「小口」傍書「出」削除
32頁解説11行目を、改行せずに前行からつづける
34頁黒板後から2行目「三笠の山」傍書「春日山の西峰」を「若草山をさすか」、訳3行目「める」を「めた」、10行目「涼感」を「涼しさ」、15行目「柳が」を「柳も」、後から11行目「手紙」を「玉章(手紙)」、後から7行目「だろう」を「にちがいない」に変更し、「玉章」にルビ「たまずさ」を加える
35頁黒板2行目「ふるの社」傍書「石上」に、ルビ「いそのかみ」を加える
36頁はみだし黒板E「論理がある」を、「前提になっている」に変更
44頁黒板4行目傍書と解説後から5〜3行目「四行目「花」が「波の花」「白波」なのか木に咲く桜なのかはわかりませんが、鮮明さや」を削除し、「ある点は動きません」を「す」に変更
47頁黒板後から3行目「劉伯倫や李太白」傍書後の「※」以下を「末尾三行の典拠は亀田鵬斎の摩訶酒仏の陀羅尼と考えられており「駒澤大学仏教文学研究」12号参照」に変更し、解説13行目「受けます」の後に「(三話のうち、頭尾二話は、『日本書紀』にもあります)」、18行目「だから」の前に「「大石」が「避け」るくらい」、19行目「ありません」の後に「し、むしろ、酔っ払いを迷惑視する諺が付記されているくらいです」を挿入し、18行目「勧め」にカギカッコ付ける
50頁黒板3行目「月日ばかりを数へても」傍書「※謡曲『松風』が典拠」の後に「だが、月日を数える場面はない」を挿入し、解説5行目「たとえば、」を3行目「語。」の後に移動、黒板3行目傍書・訳5行目・解説13行目・51頁はみだし黒板「時雨」を「村雨」に変更
51頁解説後から7行目「後から」の前に「謡曲『松風』にも、同様な「袂」「袖」はしばしば出てきます。」を挿入し、後から4行目「『磯千鳥』」削除
56頁黒板3行目「四本の木」傍書に「※四方に配し、そこで蹴鞠をすることになっている」を加え、5行目「や。」を「や、」に変更し、「諸人」傍線を「飾る諸人の、華やかなるや」まで延ばして、傍書を「『源氏』では、「色々」に着飾った女房たちが見物する」に変更、6行目吹き出し・訳9行目「からは」につづけて「そんな姿が透けて見え」を加え、訳7〜8行目「庭もさながら錦のようで、さらに、それを多くの美しい若君達が飾ります。全く」を「錦を着飾った見物の女房たちが」、11行目「首縄」を「長い首縄」、12〜13行目「と女三宮(光源氏の妻)の間に縁が生まれ」を「の女三宮(光源氏の妻)への恋心はさらにかき立てられてしまい」、後から7〜6行目「ここから場面が変わって、今度は、以上の話を語った柳の老木の精が舞います。年月を重ねた」を「この話を語ったのは柳の老木の精で、」に変更
57頁黒板4行目「これは」傍書を削除し、2行目「想ひ」傍書「道ならぬ恋をする」を「恋慕の情を強める」、4行目「柳」傍書を「「老いたる柳」と「柳の色の、狩衣」にに分かれる」、解説後から10行目「に出てく」を「で明示され」、9〜8行目「青々として鮮やかな」を「若々しい」に変更し、2行目「若菜上」の後に「〜柏木」挿入
58頁黒板後から2行目「小島が崎」傍書「ある」を「あった」、末尾「いさ」傍書「なった」を「なる」に変更し、「音」傍書を削除して、「すごき、」を「すごき。」
訳冒頭「心」を「内面の薫り」、6行目「なった」を「なる」、7行目「て白波が立った時」を「ようとした川の白波」、後から7行目「に生き残り、」を「の」、後から3〜2行目「しました。」を「を思い、」に変更
59頁黒板2行目傍線・傍書・はみ出し黒板を削除し、後から2行目吹き出し「しました。」を「を思い、」、解説10行目「四」を「五」、後から12〜4行目「薄雲巻〜思います」を「夢浮橋巻の巻名の典拠となったであろう古歌。その第一〜四句「世のなかは夢の渡りの浮橋かうち渡りつつ」は、七〜八行目と近似します。具体的には、板ばさみ状態や自殺未遂等を経験しながらも、といった内容を想定しておきましょう」に変更し、9行目「変わらぬ」の前に「浮舟への」、「詠み」の後に「、浮舟が答え」、14行目「身投げし」の後に
ようとして」を挿入して、12〜13行目「どちらを選ぶか悩み、」、後から3行目削除
61頁伊勢物語・大和物語両欄の「10世紀中頃」を、「10世紀中頃〜後半」に変更
62頁黒板冒頭「憂」を「う」、「憂き身」傍書「つらい身の上」を「浮いて漂う身と憂いに満ちた身を掛ける」、「やは」文法説明「疑問」を「反語」、訳冒頭「掛かる」を「掛かり浮いて漂う」、2行目「からでしょうか」を「のでしょうか、いいえ、承知の上で、」、解説2行目「にたとえる」を「で象徴する」、2〜3行目「時鳥」を「ほととぎす」に変更し、黒板冒頭「知らでやは」傍書削除
63頁解説冒頭「ばかり」を「だけ」、6行目「で、解説が分かれ」を「が、問題となり」に変更し、4行目「馴染む」の後に「し、「和歌」的」挿入
65頁黒板後から3行目「朝顔」傍書「だが」を、「でもあるが」に変更
68頁黒板後から2行目「。」を「、」に変更し、「名に立てし」傍書につづけて「茶を立てることも掛け、次行につながる」、黒板末尾「濃茶」傍書につづけて「※遊廓には文化サロン的側面もあり、茶道もたしなまれた」を加えて、訳6行目「有名にした」を「名に立てた(有名にした)」に変更し、7行目「してみます。」につづけて「茶室で立てる」を加え、8行目「茶室でいただく」削除
72頁黒板後から2行目「尽きせじ」傍書を「次行以下の美景が尽きないことを推量」、末尾に箇所ある「。」を「、」、訳8〜9行目「その眺めは見渡す限り途切れなくつづくかに見え」を「見渡す限りの美景は尽きまいと思われ」に変更し、11行目「水面」の後に「あるいは浦々」を挿入して、後から6/5/4行目「桜を名残り惜しむ人々が入って行く三井寺では、日の入り/を告げる/鐘が鳴りますが」を「名残り惜しむ人々が家に入って行くべき日の入りを、三井寺の/鐘が告げるけれど」、
後から2行目「桜吹雪」を「多くの桜」に変更、後から3行目「最後の」削除
72頁訳13行目・73頁黒板2行目・解説後から6行目の「舟」を「船」
訳後から4行目「かねない」を「てしまう」に変更
73頁黒板後から2行目傍書「※」以下と末尾「見送られ」の「見」を削除し、後から2行目傍書「かねない」を「てしまう」、解説6行目「をクローズアップし」を「に対象を絞り」、10〜11行目「の花期が終わる」を「が「散る」」に変更
78頁解説後から8行目「前者は」を、「ともに」に変更
82頁黒板3行目「われから」傍書「65段」の後に「(『古今集』807番)」を挿入し、6行目「おとづれ」傍書「の訪れ」を「からの音信」に変更して、7行目傍書「彼を」削除。訳8行目「の訪れ」を「からの音信」、12行目「募らせたいのか」を「伝えるべく」、13行目「え」を「えます。すると」、14行目「とでも言いたげです。」を「と、」に変更し、10行目「彼を」、13行目「誰かが」、15行目「だから、」16行目「ねぇ」削除
83頁黒板冒頭吹き出しを「伝えるべく」に変更し、2・3行目吹き出しを削除して、後から2行目「雁」傍書につづけて「※典拠の謡曲『砧』にも、「蘇武が旅雁に文を付け」とある」を加える
90頁訳11行目「ように」の後に、「変」挿入
95頁黒板2行目「あや瀬の川」傍書「上流に当た」を、と合流す」に変更
98頁黒板3行目「濯」左に、「★「裾」とも」を加える
98頁黒板3行目「干しの」傍書につづけて、「※裳の洗濯あるいは裳裾とも関連するか」を加える
106頁訳末尾「の悲しさ」・解説後から5行目「の悲しみ」・107頁黒板末尾「身に沁む」傍書「の悲しみ」を「への恐ろしさ」に変更
109頁黒板末尾「憂」のルビ「うき」の「き」を削除し、はみだし黒板2行目「『磯千鳥』『さむしろ』『黒髪』」を「『黒髪』『さむしろ』」に変更
111頁解説8行目「眺めつつ逢えぬ相手を想う六行目に関しては」を、「恋の場面に用いるという点では、六行目に関し」に変更
重ね重ね失礼しました。


 

田口研トップに戻る

「研究の概略と業績一覧」

★記事・画像等の無断転用は禁じます。