三河八橋の伊勢物語旧跡案内


愛知東部は、かつて「三河の国」と呼ばれていました。 平安時代に成立した伊勢物語の9段には、 「三河の国八橋」で在原業平とおぼしき主人公=昔男が歌を詠んだ、とあります(古今集410番にもあり)。昔男は、都への未練を残しつつ「東下り」の旅をつづけ、 当地(知立市)まで来て次のような歌を詠みます。

   からごろも つつなれにし ましあれば るばるきぬる びをしぞおもふ

教科書にもよく載っている有名な歌ですから、ご存じの方も多いでしょう。 各句のはじめをつなぐと「かきつばた」になる、 「折句」という技法が使われています。 訳すと、 「馴染んだ唐衣のように馴れ親しんだ妻が都にいますので、はるばるこんな田舎まで旅をして来たものだ、と悲しくなるんです」となります。実際に業平が当地まで来たかについては、説が分かれていて断定できないものの、当地には関連する旧跡が残っています。以下、その旧跡をごくごく簡単に紹介します。

なお、アクセスは、名鉄三河線豊田方面「三河八橋」駅下車、徒歩5分です。名鉄については、こちらをご覧ください。

また、ついでに言っておきますと、
2010Networkによる「八橋かきつばた園(知立市)」は、よくまとまっていてわかりやすいですよ。

写真&解説
「八橋かきつばた園」の入口。 正式名は「八橋山無量寿寺」。 現在のような庭園が整備されたのは江戸時代以降だそうです。 5月には、大勢の観光客で賑わいます。 詳しくは、 こちらをご覧ください。 満開の様子。 写真の池の奥にはさらに大きな池があり、 計約3万本のかきつばたが植えられています。中央のジャマな人物は、私です。
平成9年から4年間、かきつばたまつり期間内に伊勢物語を講義し、その後も、ガイドボランティアの会研修会や古典サークル自主講演会で講師をつとめるなど、知立市で一般向け活動を行なっていました(詳しくはこちら)。 伊勢物語にちなんだ銘菓「業平まん」。 伊勢物語9段には乾したご飯「かれいひ」に涙を落とす場面がありますが、 関連があるのか、なかにはドライカレーが入ってました。
「無量寿寺」のそばに「在原寺」という小さな寺があります。 当地に分骨された業平を弔うため建てられた、と伝えられ、 境内には写真のような竹が植えられています。この竹は「無量寿寺」にもあり、 縁結びの竹なんだそうです。 「在原寺」の近くの「業平塚」。 供養塔のほか「八橋伝説地」の碑(手前)や「在原業平朝臣墓所」の碑(奥)もあります。 業平が歌を詠んだと伝える「落田中一松」も、近くにあります。
「業平塚」の斜め向かいに、「根上り松」があります。 ここらが低湿地だったためにこうなったそうです。 今でも土地の低さは確認できます。 手前には、「鎌倉街道之跡」と記された碑もあります。 三河八橋ではありませんが、 伊勢物語9段の情景を思い浮かべたければ、 愛知教育大学北の小堤西池もいいでしょう(近くではありますし)。天然記念物「かきつばた群落」があります。詳しくは、こちらをご覧ください。


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