伊勢物語で遊ぼう第2回

マイナー章段は意地の見せどころ


前回の第1回同様、伊勢物語を読む前の基本方針を紹介しておきます。

伊勢物語は百余りの章段から成っていますが、これがまたとんでもなく不統一なんですね。 そもそも、伊勢は、一時期に一人の人間が書いたものではありません。いつ誰が書いたのかもわかっていません。 実在した在原業平というイロゴノミの歌物語をはじめとして、 業平とは無関係な民間伝承やら創作やらが集められました。 その際、主人公をただの「男」と記すことで業平/非業平の矛盾を解消し、毎回「昔、〜」とリセットを繰り返すことでストーリーの矛盾を解消していったんでしょう。 でも、そんなもの読まされる読者は、パニックですよ。「男」の設定に一貫性がなさそうだし、ストーリーもつながっていない。 文体もテーマも決して一様じゃない。一度伊勢の本をパラパラとめくって見てください。 内容まで読まなくても、章段の長さが見事にバラバラでしょ。読む気なくなりましたか。 大抵、何これ、ってことになるわけです。

そこで、現代の研究者は、各章段の成立が異なることを前提に、「この章段は〜、あの章段は〜」あるいは「これら章段のグループは〜、あれら章段のグループは〜」なんて読み方をし、一緒くたにして読もうとはしません。 その方が不統一からくる矛盾に一々つまづかないで読んでいけますからね。 なかでも、全体を三つのグループに分け、第一・二グループと第三グループを比較し、成立時期が下るにつれて物語が質的に変化した、と説いた研究者の説は有名でした。 彼のグループ分けのやり方に多くの批判はありましたが、一緒くたにしないという基本姿勢は多くに影響を与えました。 ぼく自身、彼の本を大学生の頃に読んで、妙に納得しちゃったもんです。

ところが、大学院生になって偶然にも伊勢の研究をすることになったぼくは、態度を変えます。グループ分けのやり方にやっぱり無理がある、 伊勢成立の鍵を握るかと期待さていた幻の本(そんなのがあったんですよ)も役に立ちそうにない、と考えるようになりましたし、これだと思える読みにはついぞ遭遇しなかったのです。 基本的な考え方を改めた方がいい、と思うようにもなりました。

どう変えたかと言うと、まず、成立の早遅を問題にするのはやめました。 だって、どこまでが古くてどこまでが新しいかなんて厳密にわからないんだもの。 読みは一字一句にこだわって厳密に行なわなければならないのに、そんな信頼性のない成立段階分けを下敷きにはできませんよ。作者(原作者やら編作者やらいろいろ)の意図なんて、所詮、全てを正確に把握できるものではありません。成立事情が一様じゃない伊勢の場合は、特にね。となれば、もう、どう読めるか、という立場しかないでしょ。だから、どんな章段どうしでもつなぐことにしたんです。不統一なものどうしでも、あえて。それやって面白く読めればいいじゃない、って姿勢です。

ぼくは、 「配列順相補的解釈シリーズ」(平15・10おうふう刊の専門書『伊勢物語相補論』第二部第二章に当たる)という無謀な行為をはじめました。伊勢をはじめから終わりまでつないで読む。 どんなマイナーな章段をも軽視せず、他章段とつなぎつつ積極的に意味を見出して いく。 そのシリーズ、完成させるのに本当に疲れました。はじめから終わりまでつないで読んだ研究者はぼくの前にも一人いましたが、 他章段とつなぐ度合が格段にちがいます。マイナー章段に大きな意味をもたせるという点でも。だから、本格的なつなぎ読みはぼくが最初、と言っていいでしょう。

マイナー章段と言ってもピンとこないかもしれないので、わかりやすくたとえましょう。 伊勢の章段たちを寿司にたとえると、見栄えのいいトロやウニがある一方で、見栄えのよくない カンピョウ巻きや納豆巻き、挙句の果てにはタクワン巻きなんてのもある。 トロやウニ なんかのメジャー章段は面白いから研究論文も多い。カンピョウ巻きなどのマイナー章段は少ない。 でも、ぼくの読み方で工夫すれば、実はマイナー章段こそ面白いんです。

ところで、講談社から出てる『将太の寿司』というマンガ、ご存じですか。 第101〜102話にカンピョウ巻きの話があるんですが、泣けますよ。 ある若い職人が天狗になりかけていた頃、田舎から上京してきた老夫妻にカンピョウ巻きを注文される。 職人はごく普通に調理したカンピョウを出す。実は、その老夫婦は丹精こめてカンピョウをつくりつづけていた農家で、 見栄えのよくないカンピョウが時代の流れとともに寿司屋でぞんざいにあつかわれていることを嘆いていた。 カンピョウ巻きを食べた農夫は泣き崩れ、もうカンピョウづくりをやめると言い出す。 若い職人は、その老夫婦のために、手間をかけ、工夫を凝らして、今度はおいしいカンピョウ巻きを食べさせる。職人の意地を見せるんですねぇ。

マイナー章段をどう調理するか。ぼくは、研究者の意地の見せどころだと思ってます。

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目次
はじめに
第1回 第2回 第3回 第4回
第5回 第6回 第7回 第8回
第9回 第10回 第11回 第12回
第13回 第14回 第15回 最終回
「ダイジェスト版」「伊勢物語対話講義」
単著専門書『伊勢物語相補論』入門書『伊勢物語入門』なぞり書き本『読めて書ける伊勢物語』
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