伊勢物語で遊ぼう第4回

大きなビジョンがないとね


1〜2段の話のつづきです。前回の 第3回では、2段や3〜6段との関係から、 初冠の段として有名な1段の「いとなまめいたる女はらから」を、 姉妹の内面のよさについての説明と解釈しました。2段や3〜6段との関係とは、さびれた場所に住む/都の中心に住む、内面がよい/外面がよい、という点に注目すると、 1段と2段がセットになり、それと3〜6段が対照的な関係になる、というものです。でも、ぼくは、そんな構成を指摘しただけで満足してるわけじゃないんですよ。 伊勢物語全体を見渡した上での大きなビジョンがあるんです。

配列順に話をつないでいく前に、ぼくは、昔男といろんな女の関係について、様々な章段をピックアップし、ある図式を想定していたのです。 その図式とは、共感によって連帯する同朋タイプの女たちが本命としてあり、それを、お姫様タイプと田舎女&都落ち女タイプの二タイプが対照例として際立たせる、というものです。

同朋タイプとは、昔男同様没落してるんだけどミヤビのプライド=内面のよさは保ってる女たち。ぼくは、そのプライドを、「ボロは着てても心はミヤビ」とたとえます。つまり、昔男にとっては共感し合える相手・連帯し得る相手であり、これが本命とぼくは考えるわけです。たとえば、1〜2段の女たちや、1段同様大和に住む20・23段の女たちなんか、まさにそうですね(20段の女については第10回、23段の女については第111213回参照)。

お姫様タイプとは、3〜6段にも登場した藤原高子、後の二条后です。時の権力者が天皇の后にして一族の権力を磐石化しようと考える、大切な持ち駒です。 昔男は彼女に惚れましたが、ぼくはこのタイプを本命と考えません。このお姫様は、没落の対極にあります。没落しながらもミヤビのプライド=内面のよさを保っているか、という点がチェックポイントだとすれば、没落と無縁のお姫様は当然ハズレてしまうからです。また、第3回で述べたとおり、内面のよさが記されず、芥川の段として有名な6段で「かたちのいとめでたくおはしければ」という外面のよさのみが記されるとなれば、その点でもハズレとせざるを得ません。多くの研究者は彼女を本命のヒロインと見てきたんですが、そう見ない読み方もまた可能なんですよ(次々回第6回参照)。

田舎女タイプとは、生まれつきの田舎女たち。生来の田舎女は、はじめから田舎にいるんだから、没落してることにはならない。 もちろん、ミヤビなんてかけらもない。やっぱり、ハズレてしまいますねぇ。昔男は、田舎女たちを徹底して否定しています。たとえば、第7回では東下り章段群をとりあげますが、昔男は、10・12・14・15段の田舎女たちに本気になれずじまいです。また、 都落ち女タイプとは、昔は都女だったけど今は都落ちしてヒナビに染まったもと妻たち。没落を受け容れ、ミヤビのプ ライドを失ってしまった女たちなので、こちらもハズレとなります。 「伊勢物語で遊ぼう」では守備範囲外となる60・62段に出てきますが、昔男は、否定も否定、イジメてますよ。

どうですか。女を三タイプに分類するこの図式、魅力的じゃないですか。ぼくは、この図式を示したかったんです。 1段と2段をセットにして3〜6段のお姫様の話と対照させたのは、三タイプ分類への大きなビジョンがあってのことだったんです。

ちなみに、7〜15段の東下り章段群で田舎女たちに接した後、昔男は16段で帰京し、「ボロは着てても心はミヤビ」な友達=紀有常と再会して、彼を援助します(女ではないものの、盟友と言うべき有常も共感し合える相手・連帯し得る相手ですから、同朋タイプってことになります)。16段も、1〜2段とセットにしておけば、対照例の3〜6・7〜15段で試行錯誤し、16段で1〜2段に原点回帰する、という円環性が出てきます。詳しくは第8回に譲りますが、1〜16段の構成もビシッとキマるわけです。

というような感じで、ぼくは、どうやったら伊勢を楽しめるかいろいろ考えたのです。言い換えれば、ぼくが読みの決め手にしてるのは、 そう読むことで他章段との関係がどれだけ深まりかつ広がるか、ってことなんですよ。深さ・広さで勝負、なんです。ただの構成論ではない。一つの話のなかで完結するような読みでもない。構成論と読みが一体になって伊勢全体を面白くしていくようなものをめざしたんです。

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目次
はじめに
第1回 第2回 第3回 第4回
第5回 第6回 第7回 第8回
第9回 第10回 第11回 第12回
第13回 第14回 第15回 最終回
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