伊勢物語で遊ぼう第11回

構成はアルものではなくツクルもの


正しい構成はただ一通りだけアルもの、と以前のぼくは思ってました。 そう思ってる人も、きっと多いはず。でも、最近のぼくは、少なくとも伊勢物語においては、構成は読者各々が自らツクルもの、と考えてます。ちなみに、第1回で述べたとおり、伊勢は完成形が一つではない組立式ブロックですから、構成をどうツクルかは一通りとは限りません。数通りはツクルことが可能なんじゃないかな。

ちがうたとえをしましょう。「プリンの味は食べてみなければわからない」っていう西洋のことわざがあります。 プリンのなかに味が内在していると考えてもいいけど、プリンの味は人が食べるその都度発生すると考えてもいいはず。構成だって同じです。

もちろん、第7回でとりあげた東下り章段群のように、新見を言うのが困難なくらい構成がカッチリ決まってしまっているケースもありますが、これから突入するマイナー章段群は、構成が見えづらく、積極的に構成をツクル必要があります。そうやって面白くしていかないといけないわけです。言い換えれば、由緒正しくないつまらなそうなマイナー章段ほど、実はつまらなくない、ってことです。カンピョウ巻きのようにね(第2回参照)。 だって、手間と工夫が必要なほど、読者各々の前頭葉が試されるわけでしょ。断然面白いですよ。

で、今回とりあげる構成は、行動力の弱さ/強さを読める21段/22段の上に、時間に対する耐性の強さ/弱さを読める23段第一・二部/第三部・24段が積み重なる、という積層構造。チャート式で積み重なるんですね。 動的な強さだけでは不十分なんで静的な強さも積み重なる、ってことです。

21段は、別れた夫婦がヨリを戻しかけて結局ヨリが戻らなかった話。 21段で歌を贈答する男女は、ともに、相手の出方まかせで、優柔不断かつひ弱。なんかイライラする男女です。行動力なんて、あるわけないじゃないですか。

一方、22段は、21段と正反対。男女とも、単純でストレートな力強さをもってます。 「はかなくて絶えにける仲」の男女が、互いを忘れられず、愛情表現を交わし合う。 歌の後には、「とは言ひけれど、その夜往にけり」。 歌だけじゃなくて、すぐ行動に出た、ってこと。「とは言ひけれど、その夜往にけり」は、言葉レベルに終始し、関係修復のための行動に出ることもなかった21段へのアンチテーゼとも読めます。 ぼくの構成論だと。その後、二人は愛の深さをオーバーに詠み合い、最後は「いにしへよりもあはれにてなむ通ひける」間柄になります。結末も21段と正反対。

つまり、21段/22段で比較対照で きるんですよ


この21段/22段をベースとして、23段第一・二部/第三部・24段が積み重なります。23段は筒井筒の段、24段は梓弓の段として有名で、次回の12回以降でもとりあげますから、 今回は簡単に。ここで注目したいのは、時間、あるいは、ミヤビ、あるいは、 愛。

23段では、昔男の幼馴染みである大和の女と、愛人の河内の女が比較対照されます。大和の女は、都人の血を引き、旧都に住んでいる準都人。言わばミヤビの有資格者なもんだから、長い時間を経ても、ずっとミヤビなままのようです。都以外に住もうが、貧しくなろうが、浮気されようが、示される言動はミヤビそのもの。昔男を愛しつづけてもいます。ブレてません。以上が、第一・二部。第三部から詳述される河内の女は、生来の田舎人だけに、すぐにミヤビのメッキがはがれて、ヒナビ丸出し。昔男をじっと待てず、イラついて もいます。23段は、第一・二部/第三部で、時間に流されずに耐える静的な強さとその対照例を描いている。そう読めるんですねぇ。また、彼女たちの優/劣は、準都人/田舎人という設定の段階で実は結論が予想できちゃうわけです。

24段は、23段第三部に似ています。河内の女に近い、昔男を三年間待ちきれなかった女の話です。「三年を待ちわびて」耐えられなくなり、そこらのヒナビ男に乗り換えようとしたのは、「片田舎」の女。ちなみに、彼女も、河内の女も、ミヤビ男である昔 男には、もう振り返ってはもらえません。

要するに、23段第一・二部/第三部・24段で比較対照できる、ってこと。伊勢は前者をプラス例、後者をマイナス例としますから、勧善懲悪な らぬ勧ミヤビ懲ヒナビとも言えるでしょう。

行動力の弱さ/強さを読める21段/22段と、時間に対する耐性の強さ/弱さを読める23段第一・二部/第三部・24段は、こんなふうに積み重なるんですよ。弱 さ/強さ→弱さ/強さあるいは強さ/弱さ→強さ/弱さじゃなくて、弱さ/強さ→強さ/弱さになるってとこだけ、注意が必要ですが。どうでしたか、積層構造。 考えてる時は試行錯誤しましたが、構成をツクルことができた時はうれしかったですねぇ。伊勢は、こうやって読者各々が自ら構成をツクルものであり、そこが魅力でもあるんでしょう。はじめに述べたとおり、少なくとも伊勢においては、 正しい構成がただ一通りアルのではない、とぼくは考えています。

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目次
はじめに
第1回 第2回 第3回 第4回
第5回 第6回 第7回 第8回
第9回 第10回 第11回 第12回
第13回 第14回 第15回 最終回
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